「できることを掛け算していく」
酒井 美紀が語る仕事--4
新しい展開を追い求めて
ビジネスの明日を見たい
俳優の仕事の他にテレビ番組などで開発途上国を訪れる機会が多くなり、それまで体験することのなかった惨状に触れました。何か行動したいとボランティア活動にも長く携わってきましたが、その惨状の根本原因を理解しきれていないし、国際協力の知識もないと思い至ります。だからきちんと学ぶために大学院へ入学。私にとってボランティアは仕事と同じく真剣なライフワークなのです。
仕事、ボランティア活動、そして大学院での学び。やりたいことが増えていく私ですが、さらにパブリシティーでご縁のあった製菓会社の不二家さんから、社外取締役にという驚くようなお声がけを頂きました。ビジネスは未経験の世界。これもチャレンジだと前へ進むことにしたのですが、世の中の反応は大きく、風当たりが強かったですね。俳優に「経営」が分かるのかといった違和感があったのでしょう。最初はとても緊張しました。
それでも新しいことを切り開くには自分でやるしかありません。この年齢になると、気持ちの勢いだけでは役割が務まらないことも経験しています。ただ、昔ではありますが大学の専攻は経営学だったので、経営に関する言葉にはなじみがありました。そこを足がかりに勉強するというスタートで、取締役会や個別の会議にも参加しています。やっぱり株の動きや会社情報など、社会の動きに目を凝らす経済活動は面白いですね。
私の役割は、会社の経営状況や意思決定に対し客観的な立場で意見を言うことです。例えば多額の資金を投入して設備投資する場合、それを世界的な課題である環境問題の視点ではどうかと考える。私が大学院で学んでいる国際協力学では、SDGs(持続可能な開発目標)への取り組みが大きなテーマでもあるからです。異分野が手を取り合う、こんな掛け算の展開にワクワクしています。
演劇も社会課題に貢献できる
もう一つ新しい目標なのですが、俳優として仕事を続けることに加えて、演じるだけの現状からさらに先を追求したいという思いを持っています。演劇は、紀元前から宗教と共に人々の暮らしに浸透していったものだそうです。その役割は何だったのか。現代ではエンターテインメント性が強いと思いますけれど、かつてはもっと心の根幹に影響を与えていたのではないでしょうか。
ヨーロッパではかなり以前から、演劇が心の健康、いわゆるメンタルヘルスに貢献できると考えられているようです。例えば自分がどこに所属しているか、居場所はどこなのか、それを確認できる気持ち「ビロンギング」を生むというものです。一般の人が芝居作りに参加する過程で人との信頼関係ができ、そのつながりによって孤独を回避させる「応用演劇」という演劇的手法が存在します。
俳優が本業であっても、表に出て演じるだけでなく、社会で広がりつつある孤独などの課題に貢献できるのではないでしょうか。私は大学院で、国際協力の部分と演劇という異なった分野を合わせる学際研究をしていますが、演劇を媒介させながら変わっていく未来を考えると心が躍ります。私たちは自分の核となる仕事と、それとは別の課題をつなげて可能性を広げていけるのだと思います。(談)