「イノベーションを担おう」
田川 欣哉が語る仕事--3
職種が分断しているワナ
サイロ化で内向きになる大企業
エンジニアを目指しながらデザインという仕事も学びたくて、20年ほど前、僕は英国の王立美術大学へ入学しました。授業でたたき込まれたのは、デザインは「ユーザーありき」だということ。人の行動を自ら緻密(ちみつ)に観察し尽くし、そこからモノ作りを考えよ、とする教えでした。
この考え方は、社会のデジタルシフトが進んだ今、一層必要になっていると感じます。これを元に、日本が世界の中で際立った価値を生み出すためには、人間を深く理解しようとするメンタリティーがいるんですね。
例えば購入したスマホが使いにくいデザインなら、ユーザーは簡単に他機種へと乗り換えていくでしょう。そのように一人ひとりの行動が売り上げを左右する例を僕も多く見てきました。デジタルシフトが特徴的なのは、これまでのマーケティング概念をひっくり返すほど、商品やサービスがユーザー個人に直結する点です。そしてこのような時代だからこそ、使い勝手を生み出すデザインの重要性が高まっているのです。
ただ、ユーザーに向き合う大切さは分かっていても、企業が変化するためのハードルは高い。成熟した企業ほど業務は効率化に向かい、部門は縦割りにされ、互いのコミュニケーションがおろそかになる「サイロ化」が進んでいて、それも原因の一つになっていると思います。
もちろんサイロ化は世界中で起きており、日本も戦後からヨーイドンと横並びで産業発展に頑張り、その仕組みが強く優れていたお陰で急速な経済成長がかないました。しかし今度は、デジタルシフトによって激変の時代を迎えています。
これまでの仕組みから脱却し、新しい時代に対応するために必要なのは、サイロ化のワナにとらわれず、一人ひとりのユーザーの課題に企業が正面から向き合うことです。それは、電車ですぐ自分のスマホを見るのではなく、目の前にいる人をじっくり観察するような日々の姿勢かも知れません。
ユーザー観察で視点が変わる
「人間を理解して、よりよい生活を提案する試みがデザインです」。僕はそんな説明をしますが、デザインの手法を組織で実践していく「デザイン経営」という考え方を、経済産業省・特許庁の皆さんと一緒に作り発表しました。現在、多くのベンチャー企業や大手企業がこのデザイン経営に取り組むようになりましたが、それを率先して試したのが特許庁の皆さんなのです。
ご存じのように特許の手続きは難しく、一般の人にとっては手ごわい。そのような課題を前に特許庁職員の有志60人が、6カ月に及ぶプロジェクトに取り組みました。スタートはユーザーへの入念なインタビュー。様々な職種の人や申請したくても諦めた人など、時間をかけて耳を傾け、不満や不便を聞き出していきました。
参加した職員がまず気づいたのは、自分たちが日々提供する情報がいかに一方通行だったかということ。その反省から、解決策を練り、試作を作り、検証するというデザイン視点のプロセスが起きたのです。
「やればやるほど楽しくなる」という職員の言葉は、ユーザーに寄り添う喜びだと感じました。(談)